2007年01月11日

大きくなったらピタゴラ装置を作る人になりたい。

† : NHKの番組「ピタゴラスイッチ」に出てくるルーブ・ゴールドバーグ・マシンという連鎖からくり装置。

今私が小学生ならそう言うかもしれません。
NHKに就職すれば良かったのに!と本気で思ったり

はしませんがあれは本当にいつまでも何度見ても飽きません。

昔中学生の頃、「もっともっとインクレディブルマシーン」という
なにやら怪しげな名前のゲームにはまっていたのですが、
これ実はピタゴラ装置を作るゲームと言っても過言ではないでしょう。
色々なアイテムを仕掛けて物理現象の連鎖を起こさせ、
ステージ毎に設定された課題をクリアするというゲームです。
今更ながらまたやりたくなってきてしまいました。
# 残念ながら今は入手困難なようで…。

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2006年05月26日

教えてお爺さん

口笛はなぜ遠くまで聞こえるの
あの雲はなぜ私を待ってるの

教えてお爺さん
教えてお爺さん
教えてアルムの森の木よ



最後アルムの森の木に聞いているのは
お爺さんは教えてくれなかったということなのでしょうか。

ちなみに原作ではお爺さんは元脱走兵で、
村では人を殺した過去を持つという噂があったとか。

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2005年11月11日

静々と

未だ続く暖かな日射しに隠れてなかなか気づかないが
頬を撫でる風の冷たさにはっとさせられる

夜の空気は一段と冷ややかに
風に舞う落ち葉は囁く
次の季節を予感すると同時に
今の季節を忘れていた自分に驚く

目を閉じれば寒さは静けさ
深い闇は視覚的にも静寂を物語る

静けさの息づかい
耳からも
閉じた目からも
鼻から入り込む冷えた空気からも

静々と
深々と

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2005年10月24日

Create

週末学祭でほとんどログイン出来ませんでした。

その準備や研究で久しぶりに工作機械やらを動かしたりしたのですが、
やっぱり物を作る事が楽しいと実感。
といってもきっと抽象的な物を作るのはあまり好きではないかも?
私は電気系ですが、今でもたまに機械系に進んだ方が自分に合っていたかなぁと思ったりします。
電気系は電気系で楽しく、回路を作るのもコンピューターでシミュレーションをするのも好きです。
でも工具や工作機械で物を加工するのも好き。
しかしひたすら部品を作るだけではきっと楽しくないんだろうなぁ。
電気系に進んだことを後悔はしていません。

どんな物が必要なのか、どんな形・寸法なのかを考え、部品を加工して組み立てる。
そして最後に動作確認と修正。
やっぱりこのプロセス全部を自分でするのが一番楽しい。
なんて贅沢者なんだか。

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2005年07月27日

Existence

もし

自分のやってきたことが、たった1人にでも少なからず影響を与えたのならば

たとえ結果が出ていなくても、その行動に意味はあったのではないだろうか。

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2005年07月01日

Half the Man

「YesかNoか半分か?」

今日小さな子供がその友達と話しているなかで、何度も口にしているのを耳にしました。
子供の頃こんなことを言っていた人は多いのではないでしょうか。
私自身も特に意味も考えず言っていた記憶があります。

子供としては(小さな頃の私としても)単に言葉が面白いからそう言っているだけで
特に「半分」に深い意味は無いのでしょうが、
よくよく考えてみるとYes、Noときてそこに「半分」が並列されるのはおかしな気がします。
しかしこれもまぁ単に言葉の問題で、
実際には「YesとNoの半分位の気持ち」というニュアンスですね。
YesでもNoでもない事は日本では日常に溢れています。

しかし欧米ではYesとNoがはっきりしており、
私達日本人の感覚は理解出来ないもののようです。
YesかNoか半分か?というような問いは通じないのでしょうね。
しかし当然の事ながら欧米人の全てが「半分」という感覚がないわけでもありません。
私の好きなBilly Joelの曲に「Shades of Grey」という曲があります。
「若い頃は白と黒がはっきりしていたが、今ではグレーばかりだ。
年を取り月日を重ねたからこそグレーが見えるようになった。」
WhiteとBlackはYesとNo(その明確さ)。
そしてGreyはその中間、半分を示しています。
長い年月を経て見えるようになったグレーへの理解。
しかし歌詞をよくよく見ると、この曲がグレーを完全に肯定しているとも思えません。

「半分」「グレー」という感覚が無かったら、きっと私も感情の表現に困ってしまうと思います。
でも白黒はっきりさせた方が良いことだって沢山あり、
それを曖昧にしているから起こるトラブルも多々思い当たります。
欧米の人達にはグレーという感覚を理解してもらいたいなぁと思う一方、
私達は白黒はっきりすべきところでもっとはっきり伝えられるようになりたいなと思うのです。

投稿者 Nightfly : 01:16 | コメント (0) | トラックバック

2005年06月19日

父という存在

子が親を超えることは、親にとって最大の喜びの一つであるという。
何をもって超えたとするかは様々だが、
少なくとも自分が父を超える日が来るとすれば、それは相当先の話であろう。

私は小さい頃から父譲りの所が多いと言われてきた。
確かにそうだ。
父も物を作ることや音楽や絵が好きで、大学は工学部だった。
学歴というものは比較するものではないし比較できるものでもないが、
音楽と絵の才能に関しては、もう決して父は超えられないと思う。
父はギター、ベース、ピアノ、トロンボーンを自力で習得し、
独学で音楽理論を学び作曲までする人だ。
絵に関しては線画から水彩、油絵、更に漫画絵までなんでも上手い。
ある時会社の会議室のリフォームイメージ図を描いたところ、
それを見た業者は「素人が描いたとは思えない」と言ったという。
私はというとギターは少々父に教えてもらったが、今では音楽も聴き専門。
絵は練習する気がないのでもうだめぽである。
しかし聴いてる音楽だけは確実に父の聴いている音楽へと向かってきた。
このあたりやはり親子だなと思う。

しかし父を超えるというのはそういった面ではなく、
やはり人間、「父」としてのあり方であろう。
父は割と考えが古い人間で、一部の考え方は決して私と相容れない。
そのため実家にいた頃は何度も衝突したものだ。
しかし、考えが古いからこそというのであろうか、
一家の主としての責任感は何よりも強い。

思えば父は趣味にお金をかけない。
父の趣味と言えばやはり音楽になるのだろうが、
昔からあるギターやピアノを弾くくらいで、
音楽を聴くとしても昔のカセットやレコードを引っ張り出すくらいだ。
ゴルフも付き合い程度。タバコも吸うが、吸わないに等しい。
たまーにおかしなものを買ってきて母に
「また変なの買ってきて」
と言われているが、「また」と言っても4年に一度くらいである。
本来もっと自分のためにお金を使っても良さそうなものだ。

そのお金がどこに流れているかは明白である。
母と私の病気のためだ。
二人の病気に完全な治療法はない。
命に関わる程の病気ではないが、もう20年以上苦しみ続けている。
いつか治るかもしれないし、一生治らないかもしれない。
良いと言われるものは何でもやった。
今も続けているものも少なくない。
そしてそれらは決して安くはない。
父は極々普通のサラリーマンである。
家のローンこそ無いが、定年を間近に控え、
二人の子供は未だ学生。
我が家において余裕というものは昔から無く、それが普通だった。

一応大きな会社なのだが、数年に一度は職場が変わる。
今も毎日終電近くまで残業、土日も出勤、もちろん残業代は無し。
しかも上司が最悪。
仕事をしていて楽しいはずがない。
何のために父は働いている?
簡単過ぎる答え。家族のため子供のため。
自分のためにお金を使うわけでもなく。
世の親にしたら当たり前すぎる事が、当たり前に苦しい世の中である。

「やりたいようにしろ」「進学するなら応援する」
「お金のことは気にするな」「勉強に必要な物があったら言いなさい」と言う父。
たまに適当なメールを送ってくる父。
何も言わないがいつも私の事を心配している父。
どこまで本気なのかわからない程冗談を飛ばす父。
怒っても決して手は出さない父。
阪神大震災の時、体を張って横にいた妹を守ろうとした父。
親というものが偉いとするならば、
それは子を、家庭を支えて守っているからに他ならない。
私はきっと、自分の子供を一人前に育てられるようになるまで
決して父を超えることは出来ないのだろうなと思う。

そんな父にいつもは照れくさくて言えない言葉を添えて
父の日のプレゼントを。

何を贈ったかはまた今度。

投稿者 Nightfly : 11:06 | コメント (0) | トラックバック

2005年06月17日

One Step

昨日今日と何をしていたのだろう

妙に足取りが軽い
荷物の重さも感じない
しかし歩く速さはいつもより遅い

足取りが軽いのは、きっと踏みしめていないから
重さを感じないのは背負っていないから
前に進んでいるようで、本当に進んでいるのか

何も手がつかない感覚
無気力
無言
笑っていない

でも手をつけないままでもいられない
進まないままでもいられない

電車の釣り広告
父の日

今父は何をしている?
誰のため働いている?
自分は何のためここにいる?
止まってはいられない。

投稿者 Nightfly : 23:29 | コメント (0) | トラックバック

2005年05月07日

Short Circuit

先日長野に向かうバスの中でふと思い出した映画。
Short Circuit2
私がこの映画を見たのは中学生の頃。
かれこれ9年ほど前になる。
しかし本作は今でも私の心に強く残っている。

以下多少ネタバレを含んでいます。
古い映画ですが一応注意。

本作の主人公はジョニー5。
ジョニーは人間ではない。
兵器として開発されたロボットである。
この作品はエンターテイメントとして楽しめる事を前提としている映画だが、
少なからず鉄腕アトムやAI、アイロボットのように
「ロボットとは何か」「ロボットと人の関わり」をテーマとしている。

しかしジョニーは外見からして人間とは全く異なる。
足はクローラー駆動で、ボディは銀色のフレームがむき出し、
頭はレンズが2つ並んだカメラが乗っているだけである。
しかし見た目によらず驚異的なパワーと機能を持ち、頭脳の処理速度も人間を遙かに上まわる。
Short Circuit2というからには1があるわけだが、残念ながら私は1は見たことはない。
1の内容は簡単に書くと、兵器として開発されたロボットNo.5が落雷事故で感情を持ち、
人間の女性と心を通わせていくうちに優しい心を持ってくというものらしい。
No.5はやがてジョニー5と呼ばれることなる。

ジョニーは自分自身が人間と対等な存在であると信じて疑わない。
それは決して思い上がりのようなものではなく、
自らをロボットと認識しつつも、人間だから、ロボットだからというような扱いの差は
ジョニーにとって決して受け入れられるものではないのだ。
自分は感情を持っているのだから。
自分は「生きている」のだから。
しかし周囲の人間は必ずしもそうではない。
ジョニーをロボットとしてしか、道具としてしか見ていない者もいる。
感情を持っていること、生きていることを理解出来ない者もいる。
果ては犯罪組織に利用されたり、身近な知り合いに騙されて売られてしまいそうになる。
それ故ジョニーは悩み、苦しむ。

大まかなストーリーは、世間知らずなため犯罪組織に利用され
銀行強盗に荷担してしまったジョニーが、その組織を相手に奮闘するというもの。
その活躍によりラストでジョニーはついに市民権を得る。
市民権というのがいかにもアメリカ的だが、
多民族国家であるアメリカでは市民権というものの意義はとても大きい。
ジョニーが市民権を得たということは、その存在が皆に認められたということであり、
映画中で用意されたジョニーへのハッピーエンドなのだ。

既に気づかれた方も多いと思うが、
本作は基本的にはコメディータッチのエンターテイメントであり、
作中で感情を持ったロボットについて深く考える映画ではない。
しかし見る者は少なからずそれについて考えされられるだろう。
ジョニーというキャラクターの演出が実に上手くできているのだ。
いつしかジョニーが人間以上に人間らしく見えてくる。

ジョニーが犯罪組織の人間の手によって破壊されるシーンがある。
その時彼は必死に叫ぶ。

「殺さないで!」

それは単に救いを求める叫びではなく、
自分は「生きている」ということの精一杯の叫びでもある。
しかしその声は彼をロボットとしてしか見ていない者には届かない。
ジョニーと人間、両者のすれ違いは、まさにこのシーンで最も残酷な形で表されている。
ぼろぼろになったジョニーはそれでも必死に「生きようと」する。
その姿は、人間とはかけ離れた外見ながらとても痛々しい。

いつかロボットが感情を持ったとき、
我々は「彼」にハッピーエンドを用意出来るのだろうか。
出来ぬまま「彼」を誕生させれば、彼はとても辛い思いをするかもしれない。
ジョニーの叫びは今も心に深く突き刺さる。

投稿者 Nightfly : 20:13 | コメント (0) | トラックバック

2005年03月06日

Return to Savepoint

いつもの通勤・通学ではなく、
何かの用事でどこか遠くへ来て疲労もたまり、
やっとこれから帰ろうかという時






「あ、蝶の羽使いTEEEEEEEE」




って思ったりしませんか?

でも人によっては職場や研究室に戻される諸刃の剣。



あなたのセーブポイントはどこですか?

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2004年11月13日

Silence of Winter

街中にもそろそろクリスマス関係の看板が出始め、
クラスマスソングも聞こえてくるようになりした。
寒くなったり暖かくなったりしていましたが、これからは一気に寒くなるでしょうか。
寒い季節ですが、私は冬が好きです。
いつもより街が静かになる気がするんですよね。
それは寒いこともさることながら、もうすぐその年が終わるという雰囲気と、
その中にある人々の気持ちがそうさせているんじゃないかなと。
空気が街に膜を作ったような不思議な感覚。
普段は気づかないような些細なことにも気づくようになったりします。
小さな事が嬉しかったり、驚いたり、ほっとしたり。
だから冬は街に出るのが好きです。
実家のある神戸の街は特に好きでした。
異国情緒のある港町。
冬はルミナリエ等、夜のライトアップがとても綺麗です。

コートを羽織り、マフラーをつけて帽子をかぶる。
道行く人の息づかいが聞こえますか。
温もりは見つかりますか。
ちょっと幸せになれますか。

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2004年10月24日

Gaia,not mother

昨日夕方、新潟で強い地震がありました。
最近地震が多くて、その時もまた強い地震だなと思っていたら震源地は新潟で震度6強…
ギルメンが何人か新潟に住んでいたので、彼らがログインするまで皆で心配していました。
その後も余震は続き、新潟での被害もかなり深刻なものになっているようです。
そしてその間余震が来るたびに怯えていた私。
とうに20も過ぎた男がほんの小さな地震を怖がるというのも情けない話ですが、
私が地震を怖く思うのは当然あの日の事があるからでした。

私の実家は神戸にあります。
日本は4つの大陸プレートの境界にあり、国内のどこにいても地震から逃れることは出来ません。
関東に住んでいると地震は日常茶飯事ですが、
関西ではそれまで大きな地震を体験したことは全くありませんでした。
体に感じないくらいの小さな地震なら何度もあったと思いますが、
当時小学6年生、12歳だった私は地震というものを全く知らなかったのです。

いつもと変わらない夜。
いつもと変わらない朝。
ふと目を覚ますわけでもなく、何も考えずに寝ているだけ。
大きな地震は揺れる前に「どーん」という大きく低い地鳴りが聞こえます。
阪神大震災もその音を聞いて目を覚ましたという人が多数いました。
しかし私は寝ていて全く気づかず、突然襲った激しい揺れで目を覚ましました。
震度4くらいまでの揺れと震度7の揺れって当たり前ですが全然違うんです。
震度4くらいまでだと、かなりゆっくり揺れますが、
私が体験した震度7は揺れがとても大きく、かつ速いのです。
例えば、あなたが今目の前のテーブルを両手で思いっきり
出来るだけ大きく速く揺らしたとしましょう。
当然机の上にある物は吹っ飛びますね。
でもそんなもんじゃないんです。もっと大きくて速いんです。
止まっていることが当然だった大地が狂ったかのように暴れ出す。
私は何が起こったのか分かりませんでした。
これが地震というものなのか?それとも別の現象?…いや夢…?
夢じゃない。今自分が置かれている状況はひどくリアルでした。
状況を受け入れることが出来ても、何も出来ません。
電気が消えます。
布団を頭までかぶる事で精一杯でした。
建物がきしむ音だけではなく、地震そのものの、大地が揺れる音が聞こえるのです。
まるで地球に意志があるかのような揺れ。
そこはもう違う世界でした。
その世界に逃げ場はあるとは思えませんでした。
大地が全てを支配する、人間にはどうすることも出来ない世界。
死が頭を過ぎりました。
しかしその世界においては死もさほど不思議なことではなく。
全てが終わる世界ならそうなってももう仕方ないなと本気で思いました。
ガイア理論という説があります。
地球の生命や環境は一つの生命体システムとして機能しているという考え方です。
科学的に考えてそれに意志はありません。
しかし自然の圧倒的な力を目の当たりにすると、
私はなぜか意志を感じてしまいます。
地震もまたそうでした。

妹はたまたま父と寝ていたのですが、
地震が起きた時父は妹に身をかぶせ守ろうとしたそうです。
親なら当然の行動かもしれませんが、
いつもは冗談ばかり言っている父もいつも自分たちのことを思ってくれているのだ
と、とても嬉しく思った記憶があります。
人間は何かあった時にとっさに取る行動で心が見えますから。

地震がおさまった後、家族4人で居間に集まり電気の復旧を待ちました。
ラジオで阪神地区に大きな地震があったという報道は聞きましたが、
被害状況などはすぐには分かりませんでした。
電気復旧まで1時間くらいでしたでしょうか、割と早かったです。
テレビをつけた途端家族が皆凍り付きました。
目に飛び込んできたのは横倒しになった阪神高速道路。
東に行く時はいつも通っていた高速です。
そして空襲でもあったかのように燃えさかる街。
何度も見たことのある神戸の街は見るも無惨な姿になってしまっていました。
実家から震源地(海底ですが)まで歩いて30分くらいで行けます。
神戸市の中でも最も震源に近い地域です。
しかし幸いなことに活断層が近くになかったため、
実家の近辺では建物倒壊や火災は全くありませんでした。
実家の被害は瓦が数枚落ちて割れたのと、
壁に小さなひびが入ったくらいだったのですがこのま瓦が曲者でして。
落ちかけの瓦がまだ残っているかもしれないので、
庭に出る時は傘をささなければなりませんでした。
外に出ると、道に黒い灰が落ちていました。
見上げると東の山の向こうから灰が飛んできています。
火災が起きた地域の灰が、風に乗って10km以上離れたそこまで飛んできていたのでした。

その後も余震は続きました。
小さなものから本震並みに揺れるかと思われる大きなものまで。
地震の前兆の地鳴りが聞こえると「大きいのが来る!」と分かるので、とてつもない恐怖に襲われます。
小さな地震でも少しずつ揺れが大きくなることもあるので、
どんなに小さな地震でも今でも過敏に反応してしまいます。
揺れた後は体に揺れている感覚が残ります。
極端な話ですが自分が自身の血管の脈動で揺れているのを地震と勘違いすることもあります。

地震直後ガスと水道は来ていましたが、数時間後にどちらも停止。
来ているのは電気のみとなりました。
便利だったのがホットプレートと電気鍋。
お皿にはラップを敷いて使いました。
その日のうちに給水車が到着。
鍋やポリタンク等必死に空き容器を作って並びました。
ガスと水道は数週間止まったままでした。
小学校に給水車が来ていたので、朝キャリーでポリタンクを持ってきて、
帰りに水を入れてもらって家に持って帰る児童が数多く見られました。
小学校で被害にあった人はいませんでしたが、
その後スキー旅行等卒業式までのイベントは全て中止に。
高校に進むと家が半壊、全壊したという友人が何人もいました。
そして地震によって将来を決めたという者も。
ある者は消防士に、ある者は地質学者に、ある者は救命装置研究に…。

地震を経験して良かったとは思いません。
数多くの被害が出ているのですから。
しかし、地震の恐ろしさを知ったことは決して悪いことではなかったと思います。
急に地震の事を書いたのも、地震の恐ろしさを知ってもらいたかったから。
地震に限らず、自然災害を甘く見ている人は数多くいます。
そのような人達はこの文を見ても考え直すことなんてないんでしょうけど…。
自然の恐ろしさは身を以て体験しないと分からないと思います。
しかし、恐ろしさを知った時が命を失う時では何の意味もありません。
そして、甘く見ている者が最も命を危険に晒すのです。
自分は大丈夫、と思っているのなら、それはとても愚かなことです。
決して地球を軽視しないで下さい。

■すぐに出来る地震対策
・机やベッドの下など、逃げられる空間を常に確保しておく。
・寝ている所に倒れてくる物が無いようにする。最低でも頭は安全に。
・常に食料と水を少しでもいいから置いておく。チョコレートは少量でも栄養価が非常に高い。
・自分も常に危険だと知る。

投稿者 Nightfly : 13:23 | コメント (0) | トラックバック

2004年10月04日

面白い文章の書き方

今更言うまでもないことですが、
サイトが継続し、人が何度も訪れてくれるどうかはコンテンツと更新次第と言えます。
簡単なようでとても難しいことですね。
私自身サイトを作って管理するのは初めてではありません。
人が自分のページを見てどう思っているのか、
面白いと思ってくれているかどうかはとても気になります。
従来は閲覧者と管理人との連絡手段は掲示板かメールくらいしかなく、
その両者とも気軽に感想を伝えれたかというと、場合にもよりますが決してそうではなかったと思います。
しかし最近はコメントをつけられる日記CGIやWeb拍手、そしてブログのコメントなどにより
より気軽に管理人に感想を伝えたりツッコミを入れられるようになりました。
どんなコメントでも書いてくれればそれが励みになり、更新する気にもつながりますね。

いつも日記なりコンテンツを書くときに
この文章を読んでみんな面白いと思うのかなぁと思います。
私などは何も考えずに淡々と書いてると、結局オチも何もないつまらない文章ができあがってしまいます。
個人HPとは自己満足の部分が大きいのですが、やっぱりウケを狙いに行くのが関西人ってもんじゃないですか。
#話のネタにつまらないものがもってきているのが一番の問題かもしれませんg
俗に言うテキストサイトを見ることはあまり無いのですが、
侍魂なんか本当に人を笑わせるのが上手いと思ったものでした。
身内だとすぱさんとか素直に上手いなぁと思います。
あとはのみもかな。彼は転載が多いけd
かがりも面白いのですが、彼女の場合本人何も考えずに思うままに書いてたら
テンションおかしくていっぱいいっぱいな文が必然的に出来上がっているような気がします。
まぁそれがかがりらしくていいんですけどね。
#これでも褒めてるんですよっ。
そうそうりゅんさんも面白いですね。
いつも笑わせてもらってます。本人はいたって真剣そうなのがまた。
とか書くと殴られそうですg
#いやほんとこれでも褒めてるんですよっ。

そして本文を締めようと思い、自分が他人を褒められる程文章が上手くないことを実感_| ̄|○
いやほんま偉そうなこと言ってすいません。
ネタSSも少しは撮ってるんですけど回想ページで使おうと思いなかなかこちらに出せません。
結局今日もオチがない内容でした。

投稿者 Nightfly : 19:28 | コメント (1) | トラックバック

2004年10月01日

Tears

思い出は永遠

投稿者 Nightfly : 03:50